卒業式を1週間後に控えたこの日,A君は1時間目から登校し,養護教諭と1時間面接をしました。
そして,2時間目以降は卒業式の練習に参加しました。
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やはり緊張するのか,練習に行く前には,自分で好きな演歌を口ずさんだり,好きなお笑いのことを考えたりして緊張を和らげていた様子でした。
1時間目に面接をしてくれた養護教諭には,事前に「自転車に乗ることと同じように身に付いたことは無意識が勝手にやってくれる」というメッセージを,A君に与えるようにお願いしておきました。
私が式練習のため体育館に行く前に保健室を覗くと,制服を着ているA君がいたので声をかけました。
「おぉ,すごい,制服を着ているね」
「どう? きつい?」
体が成長して制服がきつくなっているという話を聞いていたので,今の気持ちとあわせて二重の意味で「きつい?」とだけ尋ねてみると,A君は「はい,少し」と答えました。
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練習終了後,校長室で給食を食べました。
「今日は緊張したの?」
「はい,このくらいです。」
A君は指を使ってスケーリングしてみせてくれました。
いつもより多めでした。
「じゃあ,どうすればいい?」
「お笑い芸人のことを考えれば大丈夫です」
「このまま続けられる?」
「慣れます」
「慣れはね,そこに意識が行かなくなるということなんだよ。無意識が自動的にやってくれる状態を『慣れ』と言うんだ」
私は慣れについて説明をしました。
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この日の式練習で,A君はだれよりも大きな声で返事をしていたことを後で聞きました。彼なりに,もっとこういう風に声を出したいという考えがあるようでした。
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卒業式までの一週間,A君は連続して登校しました。朝から通常通り登校し,学級でほかの生徒たちと同様に行動しました。
とくに卒業式の前日には,最後の学活ということで,クラス全員でみんなにメッセージを送り合うという活動を行いました。
A君は最初パスしようと考えたようですが,パスできる雰囲気ではなかったので,「考える時間を30秒ください」と言いました。
そして,「三年間いろいろ迷惑をかけたけどどうもありがとう。高校に行ってからも頑張ります」と話しました。
すると,クラス全員から,割れんばかりの拍手が沸き上がりました。
これは,今までであればA君が緊張してしまう場面です。しかしA君は状況に合わせて自分をコントロールし,自分の気持ちをきちんと伝えることができるようになっていました。
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翌日,A君は立派に卒業していきました。
卒業式の終了後には,養護教諭とともに私の所にやってきました。
「いろいろお世話になりありがとうございました」
私の目をしっかりと見ながら,そう言ってくれました。
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卒業してから半年くらい過ぎた頃でしょうか,A君の進学先の先生が来校しました。A君の様子を聞いてみると,毎日休まず登校して頑張っているとのことでした。何よりも嬉しい知らせでした。
結果
本事例におけるA君の目標は,以下の通りでした。
ア 人と目をあわせて話すことができる。
イ 自分の意志を伝えることができる。
ウ 大勢の中に入っても緊張せず必要な振る舞いができる。
エ 自信をもって行動する。
これらがすべて達成されました。 <了>
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